中赤外波形整形パルスによる振動コヒーレント制御
ICl
超短パルスレーザーと波形整形技術の進歩とともに,波形整形されたレーザー光によって化学反応を制御することが実験的・理論的に試みられてきました.光による化学反応誘起の特徴は,反応の方向を自由に選択できることにあります.例えば熱分解反応では,反応は常に弱い結合の解離から優先的に起こり,どんな生成物ができるのかは物質の性質のみで決まります.また,複数の方向に反応が進んでしまい,望まない副生成物ができる場合も多くあります.一方で光による反応誘起では,光の周波数を解離させたい結合の共鳴周波数に調整することで,任意の生成物のみを得ることができます.非調和振動モードの振動励起では,波形整形によって波長成分間に適切な遅延をつけて低い振動量子数から順番に量子数を上げていくことで,高振動励起が達成されます(振動ラダークライミング).また、複数の振動モードが反応に関与する場合、複数の励起経路が存在するため,複数の励起経路それぞれから生じる終状態の波動関数の位相を強め合う条件にする必要があります(経路間干渉操作).我々は波形整形パルスを用いて1自由度や複数自由度の高振動励起および経路間干渉操作を行い,化学反応を誘起することを目指しています.
図(再生速度はブラウザに依存します.クリックするとQuickTimeムービー形式で見ることができます) : (上)はレーザーの電場波形,(下)はICl分子のI-Cl振動モードに沿った断熱ポテンシャルと波動関数(赤:絶対値,青:実部,緑:虚部)です.時間が経つほど周波数の低くなるパルス(ダウンチャープパルス)を用い,ICl分子のI-Cl伸縮振動モードを振動ラダークライミングにより高振動励起する様子を示しました.0 fs付近で波動関数はv=0であり,零点振動エネルギーの周波数で位相回転するだけで,絶対値は時間変化しません.ところが500 fs付近になると絶対値の重心位置が振動しはじめます.これは光によってv=0からv=1への振動励起が起こり,v=0とv=1の波動関数の重ね合わせ状態が生成されたことを表しています.この重心位置の振動(=原子分極の振動)は双極子輻射を引き起こして入射電場と破壊的干渉をし,赤外吸収スペクトルとして実験的にも観測されます.さらに1000 fsになるとほぼv=1のみの形になります.1200 fs付近になるとv=2,3,4あたりの形が見え始め,ダウンチャープパルスによる振動ラダークライミングが達成されていることがわかります.高振動励起されるに従って波動関数の振幅が平衡位置から離れたところまで分布していき,解離反応が誘起されます(この計算はモデル計算として行ったものです.我々は中赤外パルスを使って様々な系に対して実験的・理論的に振動コヒーレント制御の研究に取り組んでいます).
水ダイナミクスの解明
Waterrelaxation
水は、身近でありふれた液体ですが、比熱や表面張力が大きいなど、液体としては特異な性質をもちます。また、水は生命の維持に欠かせない物質といわれています。事実、生体分子をとりまいて立体構造の形成や化学反応に関与しています。こうした水の性質、水と生体分子との相互作用、ひいては水の機能を理解する上で礎となるのが、分子レベルの構造とダイナミクスです[1,2]。
水の中では、水素結合ネットワークが高密度に張り巡らされています。それぞれの水分子は熱運動をしますが、ある分子の運動が、水素結合を通して周囲の分子に影響を与えます。結果として、(i) 分子と分子の間では絶えずエネルギーのやりとりが起こり、(ii) 水分子で作られたネットワーク構造が揺らいでいます。私たちは、このような水のダイナミクスを解き明かす試みを行っています。HOH変角振動モードの励起寿命が高温になるほど長くなるという特異な温度依存性を明らかにしました[2]。

・参考文献
1. S. Ashihara, N. Huse, A. Espagne, E.T.J. Nibbering, T. Elsaesser, “Ultrafast librational dynamics and energy dissipation in the hydrogen bond network of water,” J. Phys. Chem. A Vol.111, No. 5, pp.743-746 (2007).
2. S. Ashihara, S. Fujioka, K. Shibuya, “Temperature dependence of vibrational relaxation of the OH bending excitation in liquid H2O,” Chem. Phys. Lett. Vol. 502, pp.57-62 (2011).

酸化物強誘電体中の電子・格子ダイナミクス
LiNbO3_3
■研究の狙い
 強誘電体結晶ニオブ酸リチウム(LiNbO3)は光学界のシリコンとも言われ、光導波路・電気光学変調器・フォトリフラクティブ素子・波長変換素子など、幅広い用途に利用されています。本研究の狙いは、強誘電体結晶ニオブ酸リチウム(LiNbO3)における、高速な光キャリア緩和ダイナミクスを明らかにすることです。これは、ニオブ酸リチウム結晶の光伝導性および光誘起吸収変化のダイナミクスを、そのメカニズムとともに解明することを意味します。

■研究の意義
 ニオブ酸リチウムは、(1)非線形光学定数が大きいこと、(2)擬似位相整合素子化が可能であることから、波長変換用材料として広く利用されています。近年では短パルスの波長変換にも利用されるようになってきました。短パルスはピークパワーが高いため、比較的容易にキャリア(電子とホール)を多光子励起します。これら光キャリアが時々刻々とエネルギー状態を変化させていくダイナミクスは、可視〜近赤外域の吸収変化として現れ、波長変換性能を大きく左右します。本研究では、このように実用的に重要な物性を明らかにしようと努力しています。

■物理現象として興味深い点
 ニオブ酸リチウムはイオン性の結晶であるため、キャリアは格子歪を伴ってエネルギーが安定化するポーラロンを形成します。このポーラロンはある程度の移動度をもつため、結晶の光伝導度や光起電力効果を決定づけている可能性があります。ポーラロンの生成・消滅ダイナミクスを明らかにすることで、結晶の光伝導性や光起電力効果の振る舞いを説明できるかも知れません。

■アプローチ
 フェムト秒レーザーを利用した可視域でのポンプ・プローブ法を用いています。二光子吸収により生成された光キャリアが時々刻々とエネルギー状態を変化させるのに応じて、可視〜近赤外域での吸収変化を生じます。この吸収変化をフェムト秒〜ミリ秒の時間スケールで追跡しています。

・参考文献
1. S. Sasamoto, J. Hirohashi, S. Ashihara, “Polaron dynamics in lithium niobate upon femtosecond pulse irradiation: influence of magnesium doping and stoichiometry control,” J. Appl. Phys. Vol. 105, 083102 (2009).
2. S. Enomoto and S. Ashihara, “Comparative study on light-induced absorption between MgO: LiNbO3 and MgO: LiTaO3,” J. Appl. Phys. Vol. 110, 063111 (2011).