中赤外フェムト秒パルスレーザーの開発

短い時間で完結する研究内容紹介動画があります。
是非ご覧ください。
https://youtu.be/fk73Zj2p9NM

芦原研究室では中赤外領域のフェムト秒パルスレーザーの開発を行っています。
このページでは、私たちが開発しているレーザーの魅力について紹介します。

中赤外領域とは

光は電磁波、すなわち波としての性質を持っていて、図のように周波数(あるいは波長)で分類されます。普段、私たちの目に見えている光が可視光で、他にもレントゲン写真に使用されているX線や、携帯の電波など、目に見えない光も私たちの生活をより豊かで便利なものにしています。その中でも、芦原研究室で研究している中赤外領域は分子の指紋領域と呼ばれています。中赤外領域の光は分子固有の振動と共鳴する波長域で、その吸収スペクトルを観測することで大気中の分子を特定することができます。

これまでの中赤外光源:熱光源

一般的な赤外光として、これまでは熱光源が使われてきました。熱光源とは、物質を熱することによって電磁波が放出される現象を使った光源です。
鉄を高温にすると赤く光るのはみなさんご存知でしょう。鉄の需要が拡大した第二次産業革命期において、職人は鉄を打つときに、その色から適切な温度を割り出していました。熱光源の色と温度の関係は、この時期にプランクによって理論が整備されました。


図に示されるような広い熱光源のスペクトルを利用して、古くから分子の分光研究が進められてきました。現在、身近な照明光は、エネルギー効率や輝度に優れた蛍光灯やLED照明に変わってきましたが、現在でも熱光源を活用した分子分光計測の技術は、環境計測や医療計測などに応用されています。最先端の研究においても、熱光源を利用したFTIR分光装置が活躍しています。

レーザー技術の進展

近年、熱光源よりも遥かに特性の良い光源としてレーザー光源に多くの注目が高まっています。
なぜ、レーザー光が注目されるのでしょうか?
答えはレーザー光のもつ干渉性(コヒーレンス)の良さにあります。より具体的に説明すると、レーザーは次のような優れた性質をもっています。
①指向性(光が狭い角度領域に集中できる)
②集光性(光のエネルギーを小さい空間に集中できる)
③単色性(光の周波数が安定している)
これらの性質が熱光源との大きな違いであり、レーザー光源は中赤外領域に限らず、優れた光源として注目されています。

1964年メーザー、レーザーの開発
1966年光ポンピング法による原子励起
1981年レーザー分光法
1997年レーザークーリング
1999年フェムト秒化学
2002年タンパク質のレーザーイオン化法
2005年光周波数コム
2018年チャープパルス増幅

レーザーは1960年に発明され、これまでの約60年間でその技術が飛躍的に進展しました。表に示すように、レーザー分野がノーベル賞を多数受賞していることがわかると思います。
レーザーの研究が盛んである背景として、アプリケーションの豊富さが挙げられます。生活に身近なところだと、レーザープリンタやインクジェット、プロジェクタなどが挙げられ、工業分野ではレーザー加工や距離計測などが挙げられます。また、最先端の研究では物質の特性を調べたり、計測を行うために必要不可欠なツールとなっています。
今日に至るまで、レーザーの技術開発とレーザーの応用技術は相補的に進展し、レーザーに関する研究はますます激化、細分化しています。

超短パルスレーザーとは

上で述べた優れた特性に加えて、さらに④短パルス性を持つのがピコ秒パルスレーザーやフェムト秒パルスレーザーなどの超短パルスレーザーです。
超短パルスレーザーは、多くの色の光が位相をそろえて重ね合わされることで形成されます。例えば、レーザーポインターでも、赤色のものもあれば、緑色のもの、さらには青色のものもあります。さまざまな波長の光の位相を揃えることで、図のように干渉が起こり、一つのパルスに幅広いスペクトルを持つレーザーが構成できます。
さらには、短パルスなので光のエネルギーを一瞬の時間(~10 fs)に集中させることができ、ピークパワーが強い(~1 GV/m)という特徴を持ちます。1 fsとは、1015分の1秒、つまり、10兆分の1秒という非常に短い時間スケールです。
このような極端に短い時間にエネルギーが集中されたパルスレーザーによって、驚くべき物理現象を引き起こすことができるのです。

芦原研究室の中赤外フェムト秒レーザー開発

現在、芦原研究室で開発を進めているのが中赤外領域の超短パルスレーザーです。
これまでは、直接、中赤外領域のフェムト秒パルスを発生させることは難しく、可視領域〜近赤外領域のフェムト秒パルスをチャープパルス増幅(再生増幅)した後、非線形光学効果を利用した周波数変換法を用いて発生させる手法が広く使われてきました。 以下の図が一連の機構になります。

本研究室では、Cr:ZnSを用いた、より簡単な構成で優れたエネルギー効率・ビーム品質を持つ中赤外フェムト秒パルス光源システムの実現を目指して、中赤外領域で直接フェムト秒発振するCr:ZnSフェムト秒パルスレーザーの開発と応用に取り組んでいます。
CrやFeイオンをII-IV族化合物にドープした物質は、中赤外領域に広い蛍光スペクトルを有し、レーザー媒質として優れた特性を持つため、中赤外領域の次世代レーザー媒質として注目を集めています。このレーザーは世界で有数のレーザーで、国内では芦原研究室にしかありません。

次に示す写真は、実際に芦原研究室で開発しているレーザー装置です。

オシロスコープで観測したフェムト秒パルス列が次の写真です。レーザーの出力がパルスになっていることがわかります。

最新の研究成果

芦原研究室では、カーボンナノチューブを用いたCr:ZnSフェムト秒パルスレーザーの開発に成功しています。今後は開発したレーザーのさらなる高出力化・短パルス化や強度安定化、周波数安定化を行う予定です。
また、他にも、中赤外領域におけるフェムト秒パルスの波形計測や、光ファイバーを用いた中赤外領域への周波数変換手法の開発に取り組んでいます。
こうして実現された中赤外フェムト秒パルス光源は、分子振動分光や強電場駆動現象の観測において新しい可能性を拓きます。

さいごに

自分たちの手で光学系を一から構成することで、自分たちの研究に必要な特性を持ったレーザーや、世界一の性能をもつレーザーを創ることができます。
レーザー開発に興味を持たれた方は、ぜひ芦原研究室をのぞいてみてください。

リンク

芦原研究室の研究紹介ページ

参考文献
  1. D. Okazaki, H. Arai, A. Anisimov, E. I. Kauppinen, S. Chiashi, S. Maruyama, N. Saito, S. Ashihara
    Self-starting mode-locked Cr:ZnS laser using single-walled carbon nanotubes with resonant absorption at 2.4 μm
    Optics Letters, Vol.44, Issue.7, pp. 1750-1753 (2019).
  2. D. Okazaki, I. Morichika, H. Arai, E. I. Kauppinen, Q. Zhang, A. Anisimov, I. Varjos, S. Chiashi, S. Maruyama, S. Ashihara
    Ultrafast saturable absorption of large-diameter single-walled carbon nanotubes for passive mode-locking in the mid-infrared
    Optics Express vol.28, 14, pp. 19997-20006 (2020).
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