赤外光で分子を観る!操る!

東大駒場リサーチキャンパス公開2021にて、芦原研究室のオンラインツアーを企画しています。是非ご参加ください!
■ 6月11日(金)15:00〜
https://www.komaba-oh.jp/2021/events/ashihara-lab-onlinetour_1
■ 6月12日(土)14:00〜
https://www.komaba-oh.jp/2021/events/ashihara-lab-onlinetour_2

はじめに

この世界に存在する物質の多くは「分子」からできています。

例えば、私たちが普段飲んでいる水はたくさんの水分子(H2O)の集まりです。
また、空気中には窒素分子(N2)や酸素分子(O2)が自由に動き回っています。

しかし、分子の大きさは1ナノメートル(10-9メートル)と非常に小さく、顕微鏡を使っても見ることができません(図1)。

図1. 物質の大きさ

私たちは、赤外超短パルスレーザーを駆使して、分子の構造や化学反応のメカニズムを観測する手法や、化学反応を自在にコントロールする手法の開発に取り組んでいます。

このページでは、私たちが開発している手法の基礎と最新の研究成果について紹介します。

分子は固有の振動数を持っている

一般に、分子は2つ以上の原子が結合してできています。
例えば、二原子分子の場合、ばねで繋がれた重りを想像するとわかりやすいです(図2)。
このような系を、物理の言葉で「調和振動子」と呼びます。

高校物理でもお馴染みのように、調和振動子は重りの質量(m)とばね定数(k)で決まる固有振動数(\(ω=\sqrt {k/m}\) )を持っています。
分子の場合、原子の質量が10-27~10-25 kgと非常に小さいので、固有振動数は1013 ~1014 Hzというとても大きな数になります。
実は、この分子の固有振動数がちょうど赤外光の周波数領域となっています。

図2. 分子の固有振動
振動分光法|分子の構造を映し出す!

ここで重要なのが、調和振動子の固有振動数が重りの質量とばね定数で決まるということは、裏を返せば、分子の固有振動数が分かれば、分子を構成する原子や結合の種類が分かるということです。
この特性を利用して分子の構造を探る手法を「振動分光法」と呼びます。

図3に示すように、分子に赤外光を照射して透過光の強度を周波数ごとに測定すると、分子の固有振動数と一致する周波数の光が吸収されます。
これらの情報から、分子が持つ官能基や結合の種類などを推定し、分子の構造を決定することができます。

今日では、振動分光法は基礎研究だけでなく、材料・食品・医薬などの分野の研究開発で幅広く利用されています。
近年、赤外レーザー光源技術の発展と相まって、レーザーの持つ空間コヒーレンスを活かしたイメージング分光や、直進性を活かしたリモートセンシング、さらには、2台の繰り返し周波数の異なる赤外超短パルスレーザーを用いたデュアルコム分光などの研究が盛んに行われています。
芦原研究室では特に、赤外超短パルスレーザーの持つ高いコヒーレンス性と、重力波検出などでも用いられている干渉系の技術を駆使して、これまでにない高感度な振動分光法の開発に取り組んでいます[1]。

図3. 振動分光法
振動量子制御|分子を操る!

振動分光法では、分子の固有振動数と一致する周波数の光が吸収されるという特性を利用して、分子の構造を捉えていました。
実はこの時、吸収された赤外光のエネルギーは、分子の振動エネルギーに変換されています。
見方を変えれば、赤外光で分子を振動させることができる、と捉え直すことができます。

では、分子に照射する赤外光のパワーを強くしていくと何が起こるでしょうか?

直感的には、赤外光のパワーを強くしていくと、分子の振動の振幅が大きくなり、最後には結合が切れることが予想されます(図4)。

しかし、実際には、単色の赤外光では、このようなことはなかなか起こりません。

その大きな理由の一つは、分子振動の振幅が大きくなると固有振動数が小さくなることです。
調和振動子の言葉で言い換えると、ばねが伸びるにつれてばね定数が弱くなっていくと言えます。
これを分子振動の「非調和性」と呼びます。

図4. 赤外光で分子を振動させる
旋律を整えた赤外光で分子反応を操作!

分子の固有振動数が変わるのであれば、それに応じて赤外光の周波数を変えれば良いという発想が生まれます。
超短パルスレーザーは、いろいろな周波数の光の位相を揃えて重ね合わせたものでしたが、それぞれの周波数の光の位相関係を適切にコントロールすることで、周波数が時事刻々と変化するような超短パルスを作り出すことができます。

私たちの研究室では、このようにしてデザインした赤外超短パルスを、プラズモニクスと呼ばれる技術によりナノスケールの微小空間に集中させることで、金属錯体分子を大きく振動させて結合を切ることに成功しました
この実験で分子に与えた振動エネルギーは、およそ18000℃もの熱エネルギーに相当しており、赤外光による振動励起の威力を物語っています。
この技術を使えば、従来の加熱などの手法では起こせなかった化学反応も起こすことができるようになるのではないかと期待されています。

これらの研究の内容は,日経電子版など国内外のメディアで幅広く取り上げられているので,興味があれば是非ご覧ください[2]。

リンク

芦原研究室の研究紹介ページ

参考文献
  1. Wenqing Song, Daiki Okazaki, Ikki Morichika, and Satoshi Ashihara
    Background-Free Absorption Spectroscopy on Methane using Mode-Locked Cr:ZnS Laser
    第68回応用物理学会春季学術講演会, 19p-Z06-9 (オンライン開催, 2021.03.19).
  2. I. Morichika, K, Murata, A. Sakurai, K. Ishii, and S. Ashihara
    Molecular ground-state dissociation in the condensed phase employing plasmonic field enhancement of chirped mid-infrared pulses
    Nature Communications Vol. 10, 3893 (2019).
    Press Release: 東大生研(IIS), EurekAlert!, Nikkei-Web, Phys.org, Science Daily, 7th Space, OPTRONICS ONLINE, Chemeurope.com, PDF】
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